父と母の言葉

「あなたは大丈夫!」

あなたは大丈夫!
といってあげることが、その人の自信となる。

「○○(わたしの名前)は、大丈夫や!」

よく父と母が言ってくれていた気がする。

元気がないとき、失敗したとき、いろんなときに

 

ふとそのことを思い出した。

今私がまぁまぁ会社でめげずにやっていけるのは、自分への自信があるからかもしれない。

別に大それたことができるわけではない。ただ、「間違ったことはしていない。言っていない。」という自信。

なので、褒められようが褒められまいがマイペースでやっていけている気がする。

わが子にも、できるだけこの言葉を贈ろうと、思う。

 

さて、自分で自分に自信をつけるには、「大丈夫!」ではない。

それではときに、カラ元気になってしまう。

自分で自分に自信をつけるには、

ただひたすらがんばるしかない。

当然と言えば当然なのだが・・・・。

これも、そこそこ会社でやってきて、思う。

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ただほど高いものはない

- タダホドタカイモノハナイ -

携帯ゲームGREEで高額請求!?の記事で、この言葉を思い出しました。

ただ(無料)だと思って、手を出すと、あとあと出費が必要になった。とか、もともと出費してもいいと思っていて、とりあえず無料のをやってみたら、結局(ただの部分を)やりなおすのに費用がかかって最初の想定金額より、高くついた。

みたいな感じ。

 

携帯、ネットは、通信費もあるし、コンピューター・ネットワークの原理や設備の大変さを知っている身からすると、絶対タダはあり得ない。

と思うので、わたしは、明朗な有料サイトには手を出しても、無料サイトには手を出さない。

 

提供側はプロ。

コンピューター・システムのプロであり、

タダですまないように誘惑するプロであり、

お金を稼ぐのが目的なのだから。

そこを忘れてはいけないし、子供には教えよう。

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継続は力なり

- ケイゾクハチカラナリ -

いつも、めいいっぱい、働いている父と母でした。

農業でしたので、夜は文字通りへとへと、という感じでした。

 

普段は、仕事にやりがいを感じつつやっているようでしたが、

たまに、「しんどいなぁ~」と心底口から出てしまう、ようなときもあったように、

子供だった私の記憶に残っています。

 

台風が来て、育ててしまったものが惨憺たる状況になっても、

「継続は力なりや」、と倒れた野菜を立て直し、片付け、世話をし、次の種をまく。

延々と毎日繰り返していたように思います。(それが農業ではありますが。)

 

今ほどおもちゃ・ゲームもなかった時代で、宿題くらいは普通にやってもいたし、親から日常はあまり「勉強しー」とは言われなかったけれど、

食卓で、世間の厳しさに触れる話題のとき、「継続は力なりやー、しっかり勉強しときやー。きっと間違いなくそれが自分を助けてくれる。」とよく言われました。

今思えば、それより何より、両親の働く姿が”継続は力なり”を見せてくれていたと思います。

 

振り返ってわが子をみると、

何も継続させていないことに、気がつきました。

大人になったとき、毎日毎日毎日毎日、食事・仕事などなどの”日常”を延々と続けられるのか?飽きまいと飽きようと延々と、、、。

侍の時代、男の子は三歳くらいから竹刀をふる剣術を毎日やらされ、10代のうちに戦いに出た。

そんなことを思うと、今の時代、子供が成人しても大人になりきれていないのは

継続することの大変さと大事さをその身に教えてこなかった、大人のせいではないかと、

考えます。

  

子供たちにこの思いを話し、

とりあえず、長男に「お弁当箱は毎日自分で洗うこと。」を課しました。

さて、継続させるのはこちらにも覚悟がいります。がんばりますpunch

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朱に交わればあかくなる

- しゅにまじわればあかくなる -

どんな高貴な人も、

環境が変わって、たとえば不良と言われるような集団にどっぷりつかると、やがては染まってしまって悪人になってしまう、

というような感じ。

 

あまり例えとしてはよくなかったけれど・・・

環境、というのは確かにそうだな、と思う。

たったひとり、場違い、と思うようなところに放り込まれると、

最初は、心で抵抗を試みるが、相談する相手もいなくて、愚痴をいう相手もいなくて、、、

結局、その場に染まっていく。

じわりじわり、年月を重ねて、染まっていく。

 

それが、心の安定を保つ本能なのかもしれない。

ひとり、抗うというのは、難しい。

 

そんな場合は、

そこに染まりたくないなら、

その環境から逃げ出そう

 

たぶんそれしか染まらない方法は、ない。  と、思う。

 

追伸:

まぁ、最近よく感じるのは、業務上横領、みたいなこと。

大金が自由に操れる立場にいて咎める人もいないと、ついやっちゃう、みたいな。

もともとは、「いけないこと」とわかってたはずだろうに・・・

そーいえば、父はそういう立場(役職)に長くいないように心がけている節があったなぁ。

人は誰しもたやすいほうに流れていく、そんなことも言っていたなぁ。

自分で自分に厳しく、自分を上手に戒め、客観的に見ようとする父と母だった。

とても立派な生き方だと、思う。

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~ 2009 夏の終わりに ~

洗濯機の横で、ときどき盥(タライ)に水を張って手洗いをしていた母。

ひどい汚れものがある時ではあるけれど、、、、

 

「おかあさんって、たいへんやね~」と声をかけていた小学生の私

でもなぜか、畑仕事もあり忙しいはずなのに、そういうときの母はやさしい表情だった

 

「水遊びみたいなもんや~」とニッコリ

 

いま食洗機を使うようになって台所の水仕事もかなり減った私

それでも今年の夏、「あー冷たい水が気持ちいい」と思いながら、何度かコップなどを磨き上げるように洗った。

そう、丁寧に、ヒンヤリを楽しむように少し時間をかけて。

 

母も、きっとこんな感じで、

ほかにもしなきゃならない主婦としての仕事があるけれど、

誰にも文句を言われず、自分だけサボっているような小ずるい思いもせず、つかのまの休憩、「みずあそび」を楽しんでいたのかな、と思う

 

              ~ 2009 夏の終わりに ~

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ほったらかす

子育てで大事なことは、やはり、”ほったらかす”ことかな、と最近思う。

 

日々の暮らしの中で、子供をほったらかし、自分で考えさせ、やらせる。

しかし、大事なことがある。

子供自身に『ほったらかされてる』と思わせないこと、が大事。

 

小食で、しかも食べる間に何度も箸を置き、休憩してしまう三男。

しかし、「お母さん、庭の水置きしてくるからね、(学校に)遅れないように食べてね。」

と言ってほっておくと、割合彼は早く食べる。

そして、「お母さん、食べたよ~!」と彼は元気に報告に来る。

 

そばにいると私に話しかけ、かまってほしくなる彼。

でも、「お母さんは忙しいし、いつまでも一人で食べててもしょうがない」と気が付くようである。

 

「子育ては、時間の長短ではなく、時間の濃度だ」と、よく父・母に言われた。

どんなに忙しくても、少ししかそばにいられなくても、

その少しの時間の中で、子供に、心を十分にかけてあげなさい。そうすれば手はかけられなくても子供はちゃんと育つ。心が満足すれば、子供自身、がんばれるものだと。

 

満足には、納得や安心が入る。

納得:「○○をしてるから、ちゃんと食べておいてね。」のように、なぜいっしょにいられないか、理由を添えて、ほったらかす。

安心:「○時までには帰るよ」、と必ず知らせておき、そして守る。

 

そんなふうに育ててもらったなぁ、と今思い出す。

そして、そんなふうに育てていこう、と今思う。

 

追伸:

きのう書いた、親は無くても子は育つ

世の中(他人)はあてにならないと、きっと、身をもって感じ、強くなり、

そんな中にも、自分のことを気にかけてくれる人がいる、”一人ではない”と感じて希望を失わず生きていける、

そんな意味なんだろうと思う。

君のことを案じているよ、そう伝えることが、子供にとって大事なんだと思う。

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親は無くても子は育つ

- オヤハナクテモコハソダツ -

ご近所さんの、しっかりした青年とかの話で、親ごさんがいない方のときに、こう言っていた。

この言葉は、

(親がいなくても)御飯が食べられて生きていける、というより、

(親がいなくても)しっかりした人間に成長できる、という意味合いが強い。

 

確かに父母の時代は、そうだったかもしれない。

しかし、今はどうだろうか。

”親はあっても子は育たぬ。”

社会でおきる様々な事件を見ていて、そう思う。

 

子供のころ、「人さらいがいるから、暗くなる前に帰っておいで、」、「悪いことしたら、ここにすめなくなるよ」、「刑務所って、何年も自由がなく、出られないよ」と、具体的に悪いことをするとどうなるかを、教えられた。

今は、実は親もそういったことを教えていないのではないか、と思う。

「言わなくても、わかる」

そんなことはない。

赤ん坊は教えられなければ、おそらくずっと手づかみで物を食べるだろう。

そして年頃になれば、動物的に発情期を迎えるだろう。

しかし、動物として生れもったその2大欲以外は、なんでも言葉と態度で、明確に、教えなければわからない。 

昔は、親はいなくても、

親切なご近所さん、親身になってくれるご近所さん、時には怖いご隠居さん、みたいな地域社会があり、親代わりになって教えてくれる人がいたから、”人間が育った”のだと思う。

 

この言葉を教えてくれた親にはすごく感謝しているが、今の時代には死語といえる言葉、だと思う。

そして、せめて、自分の子供だけは、しっかり育てよう、と思う。

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「ああ~、ええ雨や~~」

これは、実感のこもった父の言葉

 

農業で、冬はほうれん草、夏はトマトを中心に青果を出荷していた。

大阪の近郊農業だったので、水は水道水しかなく、雨のない日は2~3時間ホースでの水やりが必須だった。

わたしも小学校高学年から、何本かの畝をまたぐ形でのホースもちを毎夕、手伝った。

朝暗い2時、3時からの収穫、出荷の作業。

昼は、空いた畝への種まきや肥料やり、それにたんぼの手入れ

そして夕方は、再び畑の水やり

食事と、夏は1時間ほどの昼寝をはさんでいたが、それでも連日休みなしの繰り返し。

今から思っても、父と母は、すごいと思う。

 

その父が、日照りが続いた後、まとまった雨が降る午後、

「ああ~、ええ雨や~~。○○、今日はゆっくりしょ~~」と、

ホッしたやさしい顔つきで、母に声をかけていた。

 

雨が降ると、わたしはこの光景を思い出す。

風がなく、サーーーと降る音を聞いていると、心やさしくなれる。

植物が喜んでるなぁ、などと思い、いきいきと輝く緑を眺めたりする。

(植物も日照り続きだと、きっと、パサパサだぁと苦しんでると思うのだ。)

みなさんも、

日曜(Off)の午後、雨が降ったら、

ゆったりした気分で緑を眺め、雨音を楽しんでみてください。

 

傘も、お気に入りの柄のものを一本もっておくのがお勧め。

出かける時も、雨を楽しむ気分で。

『雨はステキなもの』、そう思ってみるといつもと違う気分になれますよrain

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門前の小僧

のようにはいかぬgawk

モンゼンノコゾウ、キョウヲオボエル、だったかな。

お寺の修業中の小僧さんは、門前の落ち葉を毎日掃いているうちに、耳からお経を覚えてしまう。という話。

理屈ではなく体で覚える、ということのたとえ話、たぶん。

 

庭のやまももの木、新芽が大きくなるにつれて、旧葉が落ちる、落ちる、落ちる。。。。落ちる

見て見ぬふりをしていたが、天気cloudは下り坂、風も出はじめてて、ご近所に散ってもご迷惑だし、、、、

ざっと掃いただけで、ゴミ袋一杯強sign01

収集車に間に合いギリギリ持ってってもらえたのが、せめてもの救いdash

 

ひぇ~、仕事時間だぁsweat01sweat01

いいかげんup じゃなくて、いいかげんdown に切り上げて、終了。

まだ、あちこちのすみっこに残ってるかけど、かんべんしてぇ~

 

という今朝のはじまり

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(番外編)風に舞いあがるビニールシート

本 らしい

旅行の最中、話しに話し、接点を見出そうとし、そして最終日に離婚を決めたという物語。

離婚届の理由欄に「価値観の相違」と書いたという。

「引き分け」。・・・そして互いに相手を認め合って、シャンパンで心地よく乾杯して空港で別れる。

 

「価値観が違う」。昔、使ったことがある。

その一瞬、相手がだまり、しばらくのち、「そうか」とうなずいてくれた。

 

私が、父と”対等になった”と思った瞬間だ。

父が私を、大人として認めてくれたと感じた。

実際、それ以降、あまり私にとやかく言わなくなった。

 

時代の流れには逆らえない。

そして時代は常に新しいものを生み出す。

育った環境(時代)が違うと、考え方(価値観)が異なるということにつながっていく。

歳を重ねた者は、古くなり、”今”に合わなくなってくる。

 

8人兄弟の末っ子だった父が、私によく言ったことがある。

「大人になって、歳をとると、やがてお姉ちゃんやお兄ちゃんはおまえを頼るようになってくる。今と逆転するんや。」

今、そのとおりになってきた。姉の悩みを聞き、母を諭すようになってきた。

今の時代に、母や姉の考えが追い付かなくなったきて、まだ若いわたしが中継なのだ。

 

スピードの早いこの時代、確実に、私も子どもと価値観があわなくなっていくだろう。

彼とはずっとやっていけるだろうか。少なくとも、いっしょにいる時間を多く持つ努力は、これからも必要だろう。

  

そんなことを思った、FM放送からの声だった。

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